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岡橋マーケティング研究所
所長 岡橋 葉子(おかはし ようこ)


プロフィール
 
岡橋マーケティング研究所 所長
岡橋流通経営研究所 所長
株式会社インテリジェンス アライアンス 取締役
日本旅行作家協会 理事
都市商業環境計画センター 研究参与
日経ビジネススクール(日本経済新聞社) 講師
ジャパンフードコーディネイタースクール(潟gレッドアソシエイツ) 講師

【公職】
社団法人生活文化総合研究所 理事
神奈川県商店街連合会 振興アドバイザー
通産省 自動車リサイクル部品活用促進調査会 委員

東京都出身
ダイヤモンド社グループ『チェーンストアエイジ』記者を10年間勤める。
事務所設立以降、執筆活動に、又、マーケティングの提言に、『女性の意識と行動』を主題としたテーマ追求や、時代のトレンドを提言して20数年になる。
1979年発表の「女心をとらえる商法」(誠文堂新光社)は、「女性マーケットの幕開けを創った」と評価されている。次いで1983年「いま、時代は感性」(誠文堂新光社)を発表、マーケティングの切り口、攻め口に『感性』をはじめて業界に提言、そのユニークな発想は世に衝撃を与えた。
現在を『乱世』ととらえ、21世紀のマーケット整備提案を行っている。市場としては、高齢者を弱者ではなく、活き活きと 我が人生をゆく『快老』と位置付け、そのパワーがニューマーケットを作る、と提案。『長寿化時代における品格社会』の形成を唱えている。

 常に時代の先を提言する日本で数少ない女性マーケターの第一人者として活躍中。
日本交流分析協会公認  交流分析士(顧客満足度を高めるトレーナー)
 


主な著書
 
「女心をとらえる商法」(誠文堂新光社 1979年)
「女性が店を開く時」(誠文堂新光社 1980年)
「いま、時代は感性」(誠文堂新光社 1983年)
「ヤング市場戦略」(ぎょうせい 1984年)
「聡明な女性は商売上手」(こう書房 1985年)
「女性専科 海外旅行情報」(時事通信社 1979年)
「商売に活かす女心のつかみ方」(日本経済通信社 1988年)
「乱世マーケティングの発想法」(ぎょうせい 1990年)
・・・他計10冊
 

共著
 
「メーカーと流通は顧客に勝てるか」(ダイヤモンド社)
「女性マーケター8人のビジネス発想法」(東洋経済新報社)
「販売促進アイディア総集」(日本実業出版社)
「ストアー・アイデンティティ戦略〜ミセはいま、何を主張するか〜」(誠文堂新光社)
「女性ヤング市場」(日本ビジネスレポート)
「ミニ・ショップ経営百科」(実業之日本社)
「生活演出型食品専門店の条件」(ダイヤモンド社)
 

講師
 
「日経ビジネススクール」(日本経済新聞社)
「ジャパンフードコーディネイタースクール」(株式会社トレッドアソシエイツ)
 


長引く不況の裏にある
『おいしい仕事 元気な商売』への期待

=それは生活者のためになるから=

岡橋マーケティング研究所
岡橋 葉子

バイヤーズストライキが起こった

 いま、生活者たちが不機嫌だ。多くの生活者たちが、モノを買うことにうんざり≠オている。なるべくなら買い物なんてしたくない、と感じている。日常の生活用品だってそうだ。仕方がないから目的のモノだけは買うが、さっさと売り場から離れたい、そう感じている。
 こうした状態を『バイヤーズ・ストライキ』と英語でよんでいる。つまり、買い手側のストライキ(=不買=)が各所で起こっている、というところだ。
 バイヤーといったら、売り手側、提供側、小売業者などの、仕入れ担当者のことだ、などと思ってはならない。そうした感覚は第二次産業隆盛時のことであって‐‐いまや買い手=バイヤーといったら、生活者のことを指す。
 市場はとっくに生活者主導型になっているのだ。主役は、提供者ではない。それなのに、いまだに売り手主導型の商法をひっさげて、何ら対応をしていない商業者ばかりでないか。
 売れない≠フ大合唱は、そうした旧型の発想を持つ人たちから起こっている。売れない原因を「不況だから」という言い訳にすり変えて平然としている。
 たしかに不況ではあろう。先行き不透明な世相でもある。が、それだけでモノが売れない≠ネんて言ってしまうのは、商業者の怠慢を自ら証明しているのと同じだ。お客様の生活文化を研究せず、時代の流れにも鈍感なのだ。勉強不足もいいところではないか。
 特に小売の場面で、買い手はそうしたギャップを感じてしまっている。だから、不買というストライキをもって抵抗をしているのだ。

「買い物不満症候群」にさせたのは誰か

 間違ってもらっては困る。私たちは買い物を楽しみたいと思っているのだ。ステキな生活文化を享受するために。一度しかない人生ではないか。それも、どうやら長生きするようだ。きちんとした人生を送るためのツールとして、いいモノと出会いたい。それをさえぎるのは、あなたたち商業者なのだ。
 特に許せないのは、大型の小売業である。かつて彼らは輝かしい存在であった。百貨店は文化を売っていくものだ。それがいつの間にか独自性を失っていく。自社
MDというリスクをさけ、安易で安泰な方向へと走った。売り場はメーカーや問屋の小間となった。
 百貨店というハコ≠小間割りにして、取引条件のよい相手を選んで貸す。つまりは、不動産業となったのだ。そこでは、何を客に提案するか、という本来の姿はなくなり、いかに効率よく資金を回収できるかに主点が置かれた。
 売り場は確実につまらなく≠ネった。取引条件のよい相手は、A百貨店にもB百貨店に‐‐ほとんど全部の百貨店に‐‐小間を持つことに成功した。このことは、どこの百貨店にも同じようなタイプになった、という結果を生じた。百貨店の没落の始まりである。
 百貨店に代わって台頭してきたのは、アメリカを手本にした総合スーパーとよばれる量販店チェーンだ。専門用語で
GMSという。衣食住関連を取り扱い、対面販売をやめて客自身に商品を選ばせる、いわゆるセルフサービスにした分と、各支店(チェーン)に同一の商品を大量に購入するバイイングパワーによって、低価格にモノを提供する、という意義をもって登場した。
 百貨店が都市型立地であったのに対し、
GMSは地方小都市に集中したことと、大型の売り場面積の中で展開したことによって、その地域の生活者は、GMSを感覚的には百貨店ととらえたものであった。
 同時に
GMSは、もっと地方の畑や田んぼの空き地に、自社を核にしたショッピングセンター(SC)を展開していく。こちらもアメリカを下敷きにした複合店舗であって、広い駐車場を有する。モータリゼーションと相まって、休日には一家揃ってクルマでSCへ。ここにいれば食事もできて、とりあえず一日が過ごせる。そのうち映画館も併設し肥大化に進む。
 

盗まれたマチ

 GMSが町なかに出店した結果、一般の小売業者が圧迫されたことは書くまでもない。郊外型SCの占拠と、コンビニエンスストア(CUS)の攻勢が拍車をかけた。自然発生型に出来上がった商店街は、むざんな姿をさらすことになった。別名をシャッター通りという。
 もう数年以上前に、中小企業庁が行った調査が、その悲惨さを裏付ける。全国の商店街の
95%が、「衰退または衰退しつつある」と回答しているのだ。
 商店街の衰退は、ニワトリとタマゴの関係にも似ている。当時、個店が大型店に客を取られたと言い、大型店は個店の努力のなさを笑った。
 が、そのうち
GMSSCも、集客力を失っていく。
 時代が変わったのだ。かつて、クルマが生活行動を変化させ、店舗のありようを変化させ、遂には商店街の消長を加速させたものだった。
 いま、盗んだつもりのマチから、
GMSが撤退していく。ダイエー、マイカルらが、その象徴だ。彼らは過大な出店と多角化により巨額の損失を抱えたわけだが、それに加えて取引業者への不当なリベート要求も明るみに出てくる。
 貧すれば鈍する、とはよくぞ言ったものだ。こうした企業体質は、売り場に反映される。チェーンの要求に応じられる企業の商品がメインになり、生活者の要望するものと
乖離
がでてくる。売り場に活性がなくなり、土気がなくなり・・・荒れていくのだ。

商業ルネッサンスは問屋ダイレクトにあり
 

 バイヤーたちをストライキから解放させよう。それが商業者のなすべきルネッサンスだ。本来、ショッピングとは『遊び』だったのだ。ごく日常の買い物だって、楽しくおもしろい行為のはずであった。それを復活させよう。
 単体としてのモノから、生活文化を創出させるモノへ。生活者たちのさらに充実した豊かさへ、奉仕をするモノへ。転換をはかろう。
 それには、商業者たちの意識改革が逸す条件である。時代が大転換したことを確認し、生活者優先の市場づくりを行うことである。
 タイトルに書いた、『おいしい仕事 元気な商売』への期待である。
 いままで売り場でろくな説明もなく、放り出されていたモノたちに、生命を与えることだ。いや、売り場にも並ぶことなく、陽の目をみなかった逸品≠ノ、表舞台を用意することである。
 世にそうした埋もれた逸品がどのくらいあるのだろう。効率性の犠牲になったモノ、無理解の犠牲になったモノ、それらのモノへの鎮魂の思いをこめよう。古書に言う。『新しい酒は新しい革袋に入れよ。もし古い革袋に入れれば、皮袋は裂け、酒も失う』
 生活者に価値のあるモノも、知られなければ陽の目も見ない。そうしたモノたちは、新しい革袋である、新しい売り方によって、知らせることができる。問屋ダイレクトがそれだ。
 この商法、普及までにはまだ少し時間がかかりそうである。現在は、少しこなれ≠ェ悪いかもしれない。が、確実に市場を創っていくことができる。但し「生活者の不機嫌さを覆すことのできる新しい酒」という、しっかりした『理念』に裏付けられたモノであること。
 そして、見せ方にも演出があることだ。商業ルネッサンスを興すことは、それなりの覚悟を必要とするのだ。片手間に、ワンオブゼムで済まされるものではない。大切なことは、生活者がそれを待っている、ということだ。

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